MAY-JULY,2003

24 July, 2003

梅雨明けの気配だ。

海が恋しくてくさくさする。

例年ならば、梅雨まっただ中からの雨の海、ガキのいない海で存分に遊び終わった頃だ。

いろいろとあって遊びに行けない今年は、仕方がないから手当りしだいに本を読む。

本の中のいろいろな生や死は心に刻みつけられ、それはそれで暑さを忘れさせてくれる。

そこで、死は生の延長にあると思うけれど、ふと、死そのものが、生の輪郭や概要を伝える機会なのではないか思う。

たとえば、お盆に帰ってくる人たちには、戒名というものがある。

戒名には、生前の功績とか趣味とか特徴とかを表す字が付くようだが、私には、どんな字がふさわしいのだろう。

しかし、戒名の値段が「高級国産車一台くらいのお金」と坊さんに言われた我が父が、

その言い草のあまりの低俗さに逆上して、我が家は家ごと改宗しでかしてしまったので、

このまま死ねば、私に戒名がつくことはあるまい。

とは言え、少し気になるのは事実だ。

戒名というのは、以外と合理的にその人生の輪郭を示しているかもしれないと思うからだ。

お墓なんかいらないし、散骨してもらいたいなあと思う反面、

正直なところちょっとは私を覚えててもらいたいなあと思う。

銅像を立てたり、建物や賞や基金に名前を残したり、レース場のカーブにも、星とか動物にも、物理の単位などにも、

功績や人生が残ることがある。

名前や戒名を残すより、ときどき化けて出て皆が私をどんなふうに噂するのか見てみたい、

というのが、もっと正直な気持ちだが、

気味悪がられたり、除霊とかいって苛められるのもイヤだ。

この世にひとつしかないとすれば、メールアドレスぐらいか。

独自ドメインは、あの世まで持っていける。

メールを送っても送ってもレスポンスがないと持っていたら死んでいた、というのが私には良いかもしれない。

本日、また新しいメールアドレスを取得。

それにともなって、パスワードやらなんやらが、ふえた。


15 July, 2003

6月のヨーロッパは陽光に満ちあふれ、ケルンでは夜22時まで/ベニスでは21時まで明るかった。

ずいぶんとリサーチができ、充実した旅であった。

飛行機はテキトーに遅れ、ホテルにエアコンは無く、タバコは高く、

遅れたら走る・暑かったらもだえる・高かったら節約する、

ヨーロッパは、工夫を思い出させてくれる素晴らしいところだ。これは皮肉でなく、本心だ。

さて、京都では、祇園祭のクライマックスを迎えようとしている。

祭のたびに起こる大渋滞も名物である。

私はといえば、浴衣を着られるような優雅な身分ではなく、また働きつづけている。

大好きな海にも行けず、くさくさしている。

だから、昨日はサーフィン映画「ブルー・クラッシュ」を観にいった。

ちょっとスッキリした。<頑張れ女の子>映画としては上出来だ。サーフィンも、実際にうまい。うますぎる。

男の子たちや、男の存在そのものがワキ役なのがよい。

10代で「男は人生のワキ役」などと達観できていたら、私の人生も過激になっただろう。

真っ赤なサーフボードを新しく買ったというのに、まだ海につけてもいない。

来週になったら海は子供でいっぱいだ。子供嫌いとしては、最悪のシーズンだ。

でも、早くヨーロッパ行きのしわ寄せを片付けて、海へ行こう。ベニスでできたアセモも治るだろう。


05 June, 2003

来週から2週間ヨーロッパに行くのである。

まず、「芸術空間としての教会と寺院ーケルン・京都」という展覧会をつうじて、ケルンを知る仕事。

その後に、ベニスビエンナーレ鑑賞と調査である。

ケルンと京都は姉妹都市で、今年は提携40周年だそうだ。

ひと足先に行き現地で制作している京都のアーティストと合流して、展覧会の準備、

その他には、当地のアーティストに会って、いろいろな交流の可能性を探る予定。

ベニスに着く頃、今回参加する知人・友人は、実は皆引き上げた後。

派手派手しいオープニングも体験できないけれど、

その分、人の引いた後の会場をゆっくり見てまわる予定なのだ。

それにしても、2週間も留守にするのは大変だ。

大学に休講届けを出し、帰国したらすぐにある仕事について、できるだけの手配をする。

そういうのはあたりまえだけれど、目下の心配というか面倒は、ベランダの植物たちと魚だ。

一昨年の夏、2日の留守中に乾燥茶葉のようにちぢれあがったアジサイには、自分でも予想外にショックを受けた。

そこから生還したアジサイには、今回なんとしても生き延びてもらわなければならない。

逆立つ髪の毛みたいに茂っているローズマリーとか、

芽を出したばかりの花々などは、本当言うと、出張に連れていきたい気分だ。

魚は、考えた挙げ句、同じ日数ベニスに行く同居人が、しばし実家へ預けることにした。

預かってもらう約束はまだ取り付けていないけれど、嫌がられてもそれ以外に妙案はない。

家族に水槽・浄化装置・餌を預けるついでにおみやげをことづけて、頼みこんでもらうしかない。

子供ならなんとか飛行機に乗せるが、魚や植物はどうにもならない。

不覚にも、名前なんぞつけてやってしまった魚(闘魚=ベタ)なので、

万が一にもひとりで死んで仰向けに浮かんでいる姿を想像するだけで、悲しくて身悶えする。

飼い猫が行方不明になった悲しみを一冊の本にした作家がいるが、

近頃では充分にそれが理解できるのである。

そして、もとより、行く先々ののネット環境に備えてこまごました準備も必要だ。

新聞も止めておかなくてはならない。

人並みの持ち物に囲まれているだけなのに、なんだか身軽じゃないなあ、とつくづく思う。

自転車に全財産くくりつけて移動を繰り返しているおじさんなんかけっこう理想だなあ、などと思ったりする。


31 May, 2003

 ああ、もうっ、また時間が飛ぶように過ぎている。

 20代の頃は、人生が永遠に思えたのに、年々時間は短くなっていく。

 昔は、寝不足の隈などその日のうちに消えたのに、

 いまや、次の寝不足がやってくるまでにひっこまなくなり、もう顔の一部となってしまった。

 反対に、間延びしたなあと思うのは、筋肉痛が2日たってやってくることぐらいだ。

 いつか終末がやってくることについては、諦めをつけているけれど、

 すこしずつ躯が思うようにならなくなるのは悔しい。

 今、非常勤講師でいっている大学で、学生たちと裏山にひたすら穴を掘っている。

 なぜそれをしているか、細かい説明をはぶくけれど、穴堀りだってまじめな実習である。

 彼等は、回数を重ねるごとにツルハシの扱いがうまくなり、躯を上手に使うようになってきた。

 私は、2日後にやってくる肩凝りに備えて、帰宅後、こっそりタイガーバームを塗りたくっている。

 でも、新芽と腐葉土の匂いにつつまれた裏山は、気持ちがよい。

 穴や土と格闘していると、脳からいつもと違う何かが出てくる。

 躯を動かすばかりでなく、穴堀を見続けているだけで、たとても生産的な気分になるのが不思議だ。

 ああ、今日も穴堀りがしたい。

 穴は、そろそろ掘る人の姿がすっぽり隠れるほどになった。

 穴を掘っていると言うと、ある種の人々(どういう種類かいまだ分別できないけれど)は目を輝かし、

 本気でツルハシをふるいに来てくれる。

 穴が深くなっていくのは、時間を目でみることで、

 ついでに、人間関係とか、肉体の機能とか、「穴掘り」は、私たちを進化させてくれている。

 深さが3mに達したら、横穴堀りに挑戦する予定だ。

 横穴は、大学と隣の私有地をわけるフェンスの地下をくぐり、脱出口になる(何からの?)予定だ


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