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JANUARY, 2002 ▼January 22, 2002 ブブ・ド・ラ・マドレーヌ展終了し、本日より、岩崎正嗣個展始まりました。 ブブ展では、1月16日にアーティスト・トークを開き、 アクティビスト、パフォーマーとしての側面についても、たくさんの話を聞くことができました。 また、会期中、雑談の中でNPOに対するこの国の政府の無理解、無知について聞くことがありましたが、 その矢先、アフガン支援会議での外務省の対応を知り、いずこも図式は同じなのだと思った次第です。 たとえば、行政の現状把握の甘さは芸術においても同じで、 NPO法案を逆手にとったような、団体としての実績のみを図るような助成システム、 個人芸術家には奨励制度(引退勧告?)は、 税金の有効利用という市民サービスなのであって、芸術家へのホスピタリティーやサポートではないと思うからです。 ま、だからこそ、抗おう。疲れるけど。 ところで、先週の出来事。 19日の土曜日、精華大学にて大野一雄のステージを見ました。 95才という年齢が凄いのではなくて、95年の肉体というものが死と平穏に連なっていることに心を揺さぶられました。 それから、「寂しい」は「明るい」ということにも。 そして1990年代に美術がこぞって取りあげた「身体」は、舞踏における肉体の自意識をワザとはずしてきたのだなあ、と思ったり。 美術は、「身体性」などとぼやかさずに、 大野一雄の執拗な右手のようにその動きを一万回真似すれば、確かな視覚をとらえることができたのではないかと。 ▼January 11, 2002 たった5日間の正月休みにすっかりぐうたらになってしまい、まだ頭が仕事についていきません。 つくづく、仕事というのは人と対話することなのだと思います。 それから、怒ることも原動力。TVに毒づくおやじのように。 で、この春から、小・中学校が週休2日になるのを知って、すこし頭が仕事モードにはいった。 以前から聞くように、学校の休みが増えると、図画工作の授業が減るわけで、 それでも好きな人は、勝手に美術館のワークショップやお絵かき教室に行ってね、ということか。 ついでに、休みには家族でディズニーランドとかUSJに行って、お金を使いましょうということか。 ミッキーで大きくなる子に、創造力がそなわるんかい? ミッキーもポケモンも、オトナ的に言えば、いろいろな意味で創造的であるけれども、 そういういろいろな面を示唆せずして、子供の機嫌とりをする親たちの非創造性に、なんと言っても腹が立つわけです。 あるいは、画一的な可愛いとか楽しいの感性を鵜呑みにするオトナは、大人しい国民であるだけであって、 その感性から漏れ落ちる人々を排除するおそろしい存在であるとさえ思うのです。 美術史は退屈だったけど、描くだけで美術や図画工作の教育をまっとうできるわけもなし、 描きたい・つくりたい子は勝手に育つ、なんていうのは、この国の非創造性だと思うし。 美術史というか、人間の創造の歴史とかその意味とか、そういうことを学校で教えなかったら、どこで誰が教えるのだろう。 人間の創造力に誇りを持ったり尊敬すること、ひいては、独自性やその権利を尊重することなど、小さい頃にこそ知るべきではないのかい? ちょっと身びいき的なんですけれども、私の血縁にはマトモな教育者が多く、幼児教育の専門家であるひとりは、 塗り絵は個性をつぶすからイカン、ウルトラQ(古い)は創造性のおしつけなのでイカンとけむたい人でした。 当時はフンと思ったけれど、今にして思えば、「考える」ことのコツみたいなことをすりこまれたのは良かったと思う。 そんなわけで、近頃、芸術がどういう存在で、どういう人を芸術家と呼ぶのか、その人が見ている広い世界とはどういうものかなど、 いろいろなことをかけ合わせて、もう一度考えてみたりします。 ついでながら、もうひとりの強烈な血縁者の話をすれば、そういえば、幼児教育専門の短大をつくった人までいたなと。 私は、それをつくった大伯母の生まれかわりと言われています。 まったく蛇足ながら、その短大のHPをあけますと、私の「前世」である大伯母が登場します。 生まれかわりといわれる由縁は、大伯母が亡くなった直後に生まれた私が(赤ん坊にもかかわらず)そっくりであったこと。 顔が似ていると生き方も似るものなのでしょうか。血縁者の何人かは、そういう目で私を見ているようです。 もし、私の前世に関心のある方、というより、「私の顔」を見たいという酔狂な方があれば、ご連絡ください。 こっそりその短大のHPをお教えしましょう。 ときどき大伯母の肖像を眺めますが、明治女のパンチは鋭い。 本当に前世であるなら、この人は、いつも周囲におって、彼女の弟の孫である私の歯がゆさに地団駄ふんでいるんだろうなと思います。 (註:私は、現在のところ、その短大と何の関係もありません) ▼January 04, 2002 実家4日目を終えようとしている。 京都からJRでたった1時間だっつーのに、しかも、京都よりハイカラな方角へ向いての1時間だっつーのに、 実家のまわりは、夕方5時になると人影が途絶える。外に出たところでおもしろくもなんともないので、日がな一日読書とTV鑑賞に耽る。 人影が途絶えるついでに、昨夕、隣家にドロボーがはいった。 今朝、奥さんが駆け込んで来て、異変に気が付かなかったかと母に問うたけれど、 母は「そういえば犬が鳴いてた」と頼りない応対をし、隣家の奥さんに素っピンを見られたことばかりを悔いている。 番犬が鳴いたらひとまず異変を疑ってかかるのが普通なわけで、なぜその時それを私に伝えなかったのかと呆れるけれど、 母としては、異変の「時刻」を証言したつもりであるらしい。 (この人は、阪神大震災の後「そういえば地震の少し前から近所の野良猫がみんな姿を消していた」などと言い、皆を驚かせた。 皆が驚いたのは、今回同様、猫の異変に気づいた時点で母はすっかり猫を案じるモードにはいっており、 まちがいなく周辺事態に何の関心もなかっただろうということだ。予知能力というのは、こうして社会化されずに埋もれていくのかもしれない。) 父は、お餅をたべながら「一寸先は闇」と呟き、フィットネスクラブに出かけて行った。 我が家は、全員O型。私は、父と母を受けついでいるとしみじみ思う。 昨夜の隣家の現場検証の際、私は入浴していた。 浴室のすぐ外の数人の足音(実は警官)とカメラのフラッシュに「おうおう、ここにも田代まさしかよ」と驚きつつも、 やはり母に何も言わずにのんびりと髪を洗ったりしていたのだ。 マイペースといわれるO型は、おそらく外界とのつながりが悪いに違いない。O型どうしも、たぶんうまくつながってはいない。 さて、何もしないで実家にいる間、外界との唯一のつながりはインターネットだ。 けれども、インターネットは、ふだんその「渦中」にいる場合の補助であって、 それを遠く眺めているだけでは、メディアとしてすこしも有効でないことに気づく。 旅する先の情報が得られ、買い物もでき、時差を気にせずいつでも連絡がとれるインターネットは高齢者に不可欠だぞ、 と父に強くコンピュータ購入を勧めてはみたが、 結局のところ、どういう世界とつながりたいかがはっきりしない場合はさほど有効ではない、ということも明日伝えておこう。 それよりも、SECOMが先かもしれないし。 ▼January 01, 2002 新年あけましておめでとうございます。 より良き年になりますよう。 本年もなにとぞよろしくお願い申し上げます。 ▲TOP / BACK to lists |